日本同盟キリスト教団 盛岡みなみ教会

メッセージ

日曜礼拝の聖書メッセージです。
今月の最新の週から順に載せています。
このページがご覧になる方の
心の養いとなりますように。

メッセージ

聖書の言葉

「「逃げる?とどまる?」」

主日礼拝 2018年10月7日

イエスは言われた。「惑わされないように気をつけなさい。わたしの名を名のる者が大ぜい現れ、『私がそれだ』とか『時は近づいた』とか言います。そんな人々のあとについて行ってはなりません。戦争や暴動のことを聞いても、こわがってはいけません。それは、初めに必ず起こることです。だが、終わりは、すぐには来ません。」それから、イエスは彼らに言われた。「民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、大地震があり、方々に疫病やききんが起こり、恐ろしいことや天からのすさまじい前兆が現れます。
しかし、これらのすべてのことの前に、人々はあなたがたを捕らえて迫害し、会堂や牢に引き渡し、わたしの名のために、あなたがたを王たちや総督たちの前に引き出すでしょう。それはあなたがたのあかしをする機会となります。
しかしあなたがたは、両親、兄弟、親族、友人たちにまで裏切られます。中には殺される者もあり、わたしの名のために、みなの者に憎まれます。
しかし、あなたがたの髪の毛一筋も失われることはありません。 あなたがたは、忍耐によって、自分のいのちを勝ち取ることができます。

「ルカの福音書21章5-19節」(抜粋)

牧師の言葉

序. 聖書の内容は、私たちの考えと一致や同意できることもあれば、初めて聞く驚くべき知らせをも含んでいます。私たちの聖書に対する態度は、選り好みや取捨選択をして、部分的に都合よく聖書を信じるのではなく「すべて」に聞き従うことが正しい態度です。実はこれまでの歴史の中で、そのことを否定する勢力や時代の流れがありましたが、聖書のすべてをそのまま信じるという福音的信仰は宗教改革の財産でもあります。
1. 終わりの時代に生きて
この箇所では「終わり」について主イエスが話しておられます。聖書は明確に世の終わりについて語っています。私たちには様々な世界観、人生観がありますが、神の啓示はそこへ切り込んで来るのです。終わりの反対は「初め」です。そうです、神がこの世や宇宙万物を創造された初めがあるので「終わり」も計画されているのだと気づくでしょうか。創造されたこの世界は素晴らしく良いものでしたが、人間の罪によって死が入り、滅びに向かって進むようになりました。救い主イエス・キリストの十字架の死と復活によって、この世界と私たちは今神の国の回復のために召されるようになりました。絶望しないで、やがての完成=終わりを目指して生きられるように新たな意味付けをいただいているのです。

2. 惑わされないように
すべての人が聖書のメッセージに同意するわけではありません。むしろ神に反逆し、イエスに成り代わって世を混乱させる力も働いています。それで「惑わされないように(21:8、原意:だまされないように)気をつけよ」と言われます。戦争や飢饉や地震が起こり、恐れに取り囲まれると言われます。でもそれは「終わり」ではなく、その前ぶれで「恐れてはならない」とも言われます。とっつきやすい人や社会の流れに乗るか、それとも、じっとみことばを見つめて恐れることも惑わされることもなく過ごすかを今朝じっくりと考えてみましょう。

3. 逃げずに忍耐する
9〜11節は戦争や疫病や災害について語られますが、それは大方避けられない苦しみでもあります。続く12〜17節にある迫害はキリスト者だけに襲いかかる苦しみです。人々から捕らえられ、家族や親族からも裏切られ、世から憎まれることになるが、それは「わたしの名のため」であると主イエスははっきり告げています。イエスさまを信じると人生は楽になる、苦しみにあわなくなるというのはにせの教えです。信じたのに迫害され、憎まれ、損をするのです。だったらこれらの苦しみに遭わないためには「信仰を捨てる=逃げる」しか道はありません。それで今朝の結びでは「忍耐して(19節、原意:その上にとどまる)」と命じておられます。あなたは、自分のために十字架で死んでくださったイエスを知らないと言いますか? それともいのちを預けて従っていくでしょうか?

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「逃げる?とどまる?」

主日礼拝 2018年10月7日

聖書の言葉

イエスは言われた。「惑わされないように気をつけなさい。わたしの名を名のる者が大ぜい現れ、『私がそれだ』とか『時は近づいた』とか言います。そんな人々のあとについて行ってはなりません。戦争や暴動のことを聞いても、こわがってはいけません。それは、初めに必ず起こることです。だが、終わりは、すぐには来ません。」それから、イエスは彼らに言われた。「民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、大地震があり、方々に疫病やききんが起こり、恐ろしいことや天からのすさまじい前兆が現れます。
しかし、これらのすべてのことの前に、人々はあなたがたを捕らえて迫害し、会堂や牢に引き渡し、わたしの名のために、あなたがたを王たちや総督たちの前に引き出すでしょう。それはあなたがたのあかしをする機会となります。
しかしあなたがたは、両親、兄弟、親族、友人たちにまで裏切られます。中には殺される者もあり、わたしの名のために、みなの者に憎まれます。
しかし、あなたがたの髪の毛一筋も失われることはありません。 あなたがたは、忍耐によって、自分のいのちを勝ち取ることができます。

「ルカの福音書21章5-19節」(抜粋)

牧師の言葉

序. 聖書の内容は、私たちの考えと一致や同意できることもあれば、初めて聞く驚くべき知らせをも含んでいます。私たちの聖書に対する態度は、選り好みや取捨選択をして、部分的に都合よく聖書を信じるのではなく「すべて」に聞き従うことが正しい態度です。実はこれまでの歴史の中で、そのことを否定する勢力や時代の流れがありましたが、聖書のすべてをそのまま信じるという福音的信仰は宗教改革の財産でもあります。
1. 終わりの時代に生きて
この箇所では「終わり」について主イエスが話しておられます。聖書は明確に世の終わりについて語っています。私たちには様々な世界観、人生観がありますが、神の啓示はそこへ切り込んで来るのです。終わりの反対は「初め」です。そうです、神がこの世や宇宙万物を創造された初めがあるので「終わり」も計画されているのだと気づくでしょうか。創造されたこの世界は素晴らしく良いものでしたが、人間の罪によって死が入り、滅びに向かって進むようになりました。救い主イエス・キリストの十字架の死と復活によって、この世界と私たちは今神の国の回復のために召されるようになりました。絶望しないで、やがての完成=終わりを目指して生きられるように新たな意味付けをいただいているのです。

2. 惑わされないように
すべての人が聖書のメッセージに同意するわけではありません。むしろ神に反逆し、イエスに成り代わって世を混乱させる力も働いています。それで「惑わされないように(21:8、原意:だまされないように)気をつけよ」と言われます。戦争や飢饉や地震が起こり、恐れに取り囲まれると言われます。でもそれは「終わり」ではなく、その前ぶれで「恐れてはならない」とも言われます。とっつきやすい人や社会の流れに乗るか、それとも、じっとみことばを見つめて恐れることも惑わされることもなく過ごすかを今朝じっくりと考えてみましょう。

3. 逃げずに忍耐する
9〜11節は戦争や疫病や災害について語られますが、それは大方避けられない苦しみでもあります。続く12〜17節にある迫害はキリスト者だけに襲いかかる苦しみです。人々から捕らえられ、家族や親族からも裏切られ、世から憎まれることになるが、それは「わたしの名のため」であると主イエスははっきり告げています。イエスさまを信じると人生は楽になる、苦しみにあわなくなるというのはにせの教えです。信じたのに迫害され、憎まれ、損をするのです。だったらこれらの苦しみに遭わないためには「信仰を捨てる=逃げる」しか道はありません。それで今朝の結びでは「忍耐して(19節、原意:その上にとどまる)」と命じておられます。あなたは、自分のために十字架で死んでくださったイエスを知らないと言いますか? それともいのちを預けて従っていくでしょうか?

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